フィリピンの玄関口、ニノイ・アキノ国際空港からほど近い、マニラ湾沿いの埋め立て地。雑草が生える広大な空き地を海に向かって進むと、突如巨大な建物が現れる。3月にオープンしたカジノ「ソレア・リゾート&カジノ」だ。物騒な街中、政治の混乱、子どもがゴミをあさる深刻な貧困……。フィリピンに対して少なからぬ人が持つイメージとは無縁の世界がそこにはある。
★1000台超すスロットマシン
金色に光る真新しい建物に入ると、お香のような独特の香りが身を包む。テーブルゲームや1000台を超えるスロットマシンなどを備えたカジノスペースは、1万8500平方メートル。500室のホテルのほか、10店の飲食店を併設する。豪華な内装は、ラスベガスやマカオに引けを取らないといわれる。
ソレアを運営するのは、実業家のエンリケ・ラソン氏が率いる「ブルームベリー・リゾーツ」。総工費は12億ドル(約1188億円)で、今回完成した第1期工事は7億ドル。第2期でホテルを800室まで増やす計画だ。
同社によると、来客者は1日約1万人。今のところ、客のほとんどはフィリピン人だ。だが、将来的なターゲットは中国をはじめとするアジアの富裕層。遊び慣れた富裕層らに対応できるよう、開業にあたってはマカオで働いていたフィリピン人などを引き抜いたという。
玄関では高さ3メートルほどの中国風の獅子像が出迎える。実際、ソレアのホテル宿泊客で一番多い外国人が中国人(香港を含む)で、全体の12%を占める。米国が6%、韓国3%と続く。南シナ海の領有権を巡る対立を尻目に、現実には多くの中国人富裕層らがカジノを目当てにフィリピンを訪れている。
人とカネを呼び込むカジノの力。これこそが、フィリピン政府がカジノを観光立国の目玉事業とする理由だ。
ソレアに隣接する区画では、今後数年で同規模のカジノが3つ完成する計画。アジアで増える富裕層を呼び込み、経済成長につなげる算段だ。アキノ大統領はソレアの開業記念式典で挨拶し、「2016年までに旅行者を年間1000万人に増やす目標に向け、開業は大きな意味を持つ」と述べた。
欧州金融大手のクレディ・スイスは2月末にまとめた報告書で、フィリピンのカジノ産業の市場規模が18年まで年28%のペースで成長すると予測した。マニラ首都圏だけでも、ソレア以外にマレーシアのカジノ大手ゲンティンなどがカジノを運営しており、マニラ湾岸のプロジェクトには地元有力企業も参加する。この勢いが続けば、シンガポールを上回り、東南アジア最大の市場になるという。
★雇用創出にも期待
カジノの発展で期待されるのは、観光客増加だけではない。アキノ大統領はソレアの開業にあたり、雇用創出効果の大きさに触れ「フィリピン経済が一層活性化される」と指摘した。ソレアの現在の従業員は4000人。カジノはカードをさばくディーラーだけでなく、ウエートレスなど多くの雇用が伴う。これが2期工事による拡張で増える。さらに同規模のカジノが3つ増えれば、関連企業も含め数万単位の雇用が生まれる可能性がある。
12年に6.6%の経済成長を達成したにもかかわらず、7%の失業率が改善されていないことにアキノ大統領は危機感を覚えている。約700万人がメイドなどとして海外に出稼ぎに出るのは、国内に仕事がないことの裏返しだ。製造業誘致でタイやインドネシアに後れを取ったため、国内には産業が少ない。国際通貨基金(IMF)によると、10年に9400万人だった人口は16年には1億500万人に増える見通し。増える人口に見合う雇用の確保は喫緊の課題だ。
カジノ産業は製造業のように下請けの裾野は広がらないかもしれない。だが、観光客の増加に伴ってフィリピンのイメージ改善につながる可能性がある。特にマニラ首都圏は急速に発展しているにもかかわらず、治安の悪さや相次ぐクーデターなど、一昔前の悪いイメージが今でも残り、日本からフィリピンへの投資をためらわせている面がある。そんな印象が払拭されれば、観光客も直接投資も増える余地がある。
アキノ大統領は汚職撲滅を掲げ、これまでのフィリピンのイメージからの脱却を目指している。マニラ湾岸のカジノプロジェクトを混乱無く完成させることは、フィリピン経済の将来を占う1つの試金石になる。
(日本経済新聞マニラ支局 佐竹実氏)