グラウンド・ゼロ(爆心地)――。2008年の金融危機の直後、その荒廃ぶりからこう呼ばれた米ラスベガスが輝きを取り戻しつつある。巨大なホテルが立ち並ぶ大通り「ストリップ」沿いでは新たなカジノやアリーナの建設工事が進み、郊外では一時はほぼストップしていた住宅建設が勢いを増す。リーマン・ショックから7年あまり。「カジノと娯楽の都」の復活は、巡航速度に入った米経済の縮図でもある。
今年も盛況のうちに幕を閉じた家電見本市「CES」。主会場のコンベンションセンターから車で約5分の広大な空き地で、巨大なカジノリゾートの建設が進んでいた。「リゾート・ワールド・ラスベガス」。マレーシアのリゾート運営会社ゲンティン・グループが手掛ける中国をテーマにした複合施設だ。
ストリップの北端に位置するこの場所は金融危機の前、「エシュロン・プレイス」と呼ばれる別のカジノリゾートが建つ計画が進んでいた。だが、07年の着工後にリーマン・ショックが直撃。工事は凍結され、骨組みだけが残った建設現場は、ラスベガスを覆った不況の象徴となっていた。
■ 中国テーマの複合施設、本物のパンダも展示
13年に3億5000万ドルでこの土地を買収したゲンティン・グループは、9290平方メートルのカジノフロアに3500室のホテル、劇場などを併設する計画。アトラクションとして本物のパンダも展示する同リゾートの総投資額は40億ドル(約4700億円)。昨年5月に着工し、18年半ばの開業を見込む。建設期間中は3万人、開業後も1万3000人の雇用を生むと期待されている。
「リゾート・ワールド」の建設現場から車で南に10分。ストリップ沿いに建つ「ニューヨーク・ニューヨーク・ホテル&カジノ」の隣では、今春開業予定の大型屋内イベント施設「Tモバイル・アリーナ」の仕上げ工事が急ピッチで進む。MGMリゾーツ・インターナショナルが3億7500万ドルを投じる同施設の収容人数は2万人。コンサートやボクシング、バスケットボールの試合など年間100~150のイベントが開かれる計画で、ラスベガスの新たなランドマークとなる。
■ 14年の観光客、過去最高の4112万人
ラスベガス観光協会によると、観光や仕事でラスベガスを訪れる人の数は14年に4112万人と、初めて4000万人の大台を突破。金融危機前のピークを越えて過去最高となった。
観光が最大の産業であるラスベガスにとって、訪問者数の増加は雇用環境の改善に直結する。金融危機後、一時は14%に達した失業率は6%台まで低下。生活費の安さにひかれた人々が周辺の州から再び押し寄せるようになった。
カリフォルニア州フリーモントから2年前に移り住んできたベンジャミンさん(32)もその一人。高級ホテル「トランプ・ホテル」のドアマンとして働きながら、非番の日はライドシェア(乗り合い仲介)大手、米ウーバーテクノロジーズの契約ドライバーを務める。「シリコンバレーは生活費がどんどん上がって窮屈になるばかり。ここなら僕らでも持ち家に手が届く」と話す。
■ 住宅価格も持ち直し
一時は持ち家の価値が住宅ローン残高を下回る「アンダーウオーター(水面下)」状態の住宅が全体の7割を超えていたラスベガスの住宅市場だが、ベンジャミンさんのような新しい買い手の流入で、住宅価格も持ち直してきた。
人口が200万人を超えた今も、ラスベガス経済の柱がカジノを中心とする観光であることに変わりはない。だが、最近は新しい産業も育ちつつある。
■ IT産業、雇用の新たな担い手に
その一つがIT(情報技術)産業。実はラスベガスは全米でも有数の光ファイバー通信網を持つ。01年に粉飾決算が発覚して破綻した米エンロンの遺産だ。このインフラに着目したデータセンター運営大手の米スイッチが進出。米アマゾン・ドット・コム傘下で靴・衣料品ネット通販大手のザッポスとともに、雇用の新たな担い手となっている。
CESで注目を集めた電気自動車(EV)ベンチャーの米ファラデー・フューチャーも昨年12月、ラスベガス郊外に工場を建設すると発表した。10億ドルを投じる新工場は4500人を雇用する計画。ネバダ大学ラスベガス校のスティーブン・ミラー教授は「ファラデーの工場が完成すれば、ラスベガス経済の多様化に向けた大きな一歩になる」と期待する。
世界経済の減速やテロの脅威は、にぎわいを取り戻したラスベガスにも影を落とす。だが、カジノの従業員もタクシーの運転手も一人として不安を口にしなかったのは、100年に一度の危機を乗り越えた自信からか。それともこの街を覆うどこか刹那的な空気のゆえか。存在自体が奇跡のような砂漠の不夜城の、人とマネーを吸い寄せる魔力は健在だった。(日本経済新聞:シリコンバレー支局 小川義也氏)