筆者も40代後半になり、周りでも“親の介護”の話題が増えてきた。「父親がデイサービスに行きたがらなくて困っている」疲れ果てた顔をしたママ友に相談された。そういえば、祖母も生前「デイサービスに行きたくない」と言っていたなあ、などと考えていたときに見つけたのが、“麻雀やパチンコが楽しめる”、という異色のデイサービスだ。
■一歩入るとカジノのよう 本当に介護施設?
「ロン!当たり」
「これで当たったの?じゃあドラだから、ハネて1万2000点ね」
11月某日、東京・町田市にある「デイサービス ラスベガス」を訪れると、まず耳に入ってきたのはこんな会話だった。フロアには5卓の全自動麻雀卓。19人の高齢者とスタッフが麻雀をしている。
壁際には9台のパチンコ台があり、パチンコやスロットに興じている人たちも。
確かに麻雀をする人もパチンコをする人も皆高齢者だが、牌を引く手や、「ロン」といった声もはっきりしていて、ここは本当に“介護施設”なのか疑いたくもなる。
■きっかけは本場ラスベガスのカジノ そこは老人たちのパラダイス!?
2013年に東京・足立区に1号店を出し、現在は関東を中心に全国22店舗を展開しているというが、なぜ介護施設とギャンブルが結びついたのだろうか。
きっかけは現在運営会社の社長を務める森薫氏が、アメリカへ高齢者の暮らしの視察に行った際訪れた、本場ラスベガスのカジノだった。
デイサービス ラスベガスを運営する 日本シニアライフ 森薫社長
「カジノで大負けして、ふと周りを見渡したら、お客さんは高齢者ばかりだったんです。杖をついたり、車いすだったり、でも楽しそうで。カジノに行くようなテンションでデイサービスに通えるようになったら意欲的に通ってもらえるのではないかと」
役員会で大反対にあったものの、「失敗したら責任を取るから」と、この事業を始めた。
■クレームを改善したら見たこともないサービスができあがった
いわゆる“従来型”の施設では、塗り絵・折り紙・ペットボトルボーリング、お手玉…といったアクティビティーが多く、特に男性は「やりたくない」「行きたくない」と感じる人も多いのだという。そんな中、麻雀やパチンコができるラスベガスは従来型の施設に比べて男性の比率が高い。
そして、一般的なデイサービスとの違いはギャンブルだけではない。まずは黒いワンボックスカーにLas Vegasと金色の文字が入った送迎車。介護事業者の送迎といえば、白いワンボックスに〇〇デイサービスといった事業者名が入ったものが大多数だというが、黒を選んだのは、かつて従来型の施設で受けた利用者からのクレームがきっかけだという。
森社長
「朝、迎えにいったら利用者さんに怒られたんです。『そんな事業者名の入った白い車で来たら俺が介護施設に行ってるのがバレるだろう』って」
デイサービスに通っていることを近所の人に知られたくない、という人も多いことから、シンガポールでカジノとホテルの間を送迎する黒いワンボックスをまね、介護施設感を消したのだそうだ。
また、病院のようになりがちな内装にはシャンデリア風の照明を設置。従業員の服装も、旅行気分になれるようなキャビンアテンダントの制服をモチーフにするなど、介護施設を感じさせず、楽しく過ごしてもらえる場所を目指している。
■運動したくない人も自発的に運動する仕組みとは
始めた当初は「介護保険、税金を使ってこんな遊びをするなんてけしからん」という批判もあったことから、「税金を使っている以上結果を出す。利用者の要介護度や生活の改善につなげるよう努力している」という。では具体的にどんなことが行われているのだろうか。
まず、麻雀やパチンコをするためにはゲーム料を支払わなくてはならない。といっても、本当のお金ではなく、「ベガス」という施設内通貨である。
毎日行われる機能訓練(体操・ストレッチ)に参加するとベガスをもらえるため、あまり体を動かしたくない、という人もゲームに参加するためには、と自発的に運動に参加している。
また、麻雀やパチンコに勝てばベガスを増やすことができるほか
▼みんなの前でストレッチする
▼1か月休まない
▼前より元気になったと感じる(自己申告)
といったことでもベガスをもらえるシステムになっていて、たくさん稼いだ人は表彰される。1回の体操でもらえる額は1万ベガス。2021年、1位の人はなんと1億461万ベガス獲得したという。
当初は利用者がギャンブルにのめり込まないか心配の声もあったが、むしろ健康が促進されたとの声も多く、ギャンブル依存症になった人もいないということだ。
■利用者の本音は…
利用者に話を聞いてみた。
利用者・71歳(週2回3年ほど通所)
「他のところに行っていたが面白くなかった。体操やリハビリとかばっかりで。麻雀できるからここにしようって。ここは楽しい。他の施設には行きたくない」
利用者(週2回2年ほど通所)
「麻雀はここに来るようになってから上手な人を見て覚えた。結構頭の体操になる」
利用者・86歳(週2回半年ほど通所)
「麻雀は好きじゃないからパチンコをしている。娘が四六時中僕のことを見てるのは大変だからね。あんまり娘に迷惑かけちゃいけないと思って来ている」
元々麻雀やギャンブルが好きで、通うのが楽しくて楽しくて、という人もいれば、仕方なく来ている、という人もいるが、森社長は…
森社長
「本心は皆さん来たくないんですよ。でも、介護が必要になってしまったときに妥協ラインでここだったらしょうがねーなー、っていう感じで来ていただけるところでもあると思うので。ノリノリの方も仕方ねーって方も、来た以上は少しでも楽しく過ごしてもらいたい」
■大切なのは「自分で選択して通えること」
ラスベガスは従来型には収まらなかった利用者のニーズを捉えたとも言えるが、森社長は「ここがいい、他はダメ、というのはまったくなくて、選ぶのは利用者だ」という。実際、同じ運営会社で従来型のデイサービスの運営も行っている。従来型を求める人もいるからだ。
森社長
「選択肢があるっていうことがこの国の幸せだと思っているので。自らの選択、自らの意思で通えるようなサービスを作り上げたい」
麻雀が好きな人がラスベガスで麻雀ができるように、園芸が好きな人が園芸を楽しめたり、ペットが好きな人はペットと触れ合えたりと、介護される人が選択できるようにデイサービスの幅も広がっていくといいと感じた。