4000円を2億円にした伝説のギャンブラー

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4000円を2億円にした伝説のギャンブラー

ギャンブルの起源は気が遠くなるほど古い。例えばダイスギャンブルは、チグリス・ユーフラテス川、ナイル川、インダス川、黄河の河川流域に発達した「四大文明」に遡ることができる。そこから比べると、紙の発明や発展を待たなくてはならなかったポーカーは比較的新しいゲームだ!ポーカーは、どんな歴史の道を辿ったのだろう?

ポーカーの起源は16世紀頃で、原型はペルシアのカードゲーム「アズ・ナス」から来ていると一般的には伝えられている。しかしながら、洋書『ROLL THE BONES』の著者であるデヴィッド・G・シュワルツ氏は、「アズ・ナス」よりもドイツの「ポッヘン」やフランスのカードゲーム「ポーク」の方がポーカーの先行ゲームではないかと同書で主張した。ゲームの名前を見ても同氏の言葉には賛同できそうだ。

18世紀頃、ポークはフランスの植民地であったアメリカ・ルイジアナ州を経由して北部へと移入されたという。この頃がアメリカンポーカーの夜明けである。1デッキ(1箱)のトランプがあればその他の道具を必要としないほど手軽なゲーム。このシンプルさが好まれたのか、ポーカーはアメリカ南北戦争の軍人たち、ミシシッピー川を行き来する旅人商人地元民の間で瞬く間に広がっていった。旅を続けるボエジャーと移住民セトラーに受け入れられた大衆風ギャンブルの代表例といえるだろう。

当時のミシシッピー川周辺では、ポーカーで賭けをした際に現金を賭けると捕まる恐れがあったためギャンブル用のチップが考案されたという。まったくもって、過去も現在も人が思いつくことは同じではないのか!違法なものを取り締まる当局とそれをかわそうとする人々の攻防は、いつの時代にも存在しているようだ。

さて20世紀に入り、ポーカーはカジノ施設に導入されるようになった。1993年頃のラスベガス・カジノで本当にあったとされる伝説を一つご紹介しよう。元ポーカーディーラーのマーク・イラ・フリードバーグ氏の証言である。同氏の著書「CONFESSIONS OF A POKER DEALER」から一部をご紹介させていただきたい。

1990年代、ラスベガスのカジノに「アーチー」と呼ばれるギャンブラーがいた。彼の故郷はギリシャであったが、素性は謎に包まれていた。ある日、アーチーは30ドルをおそらく「知人から借りて」クラップスというゲームに講じた。そこで賭けた30ドルは数千ドルになって戻ってきた。そう。彼はカジノで”大勝“をしたのである!

一般的なマスプレーヤーであれば、数千ドルの勝ちが確定したところでプレーは止めるだろう。チップを現金化した後はウキウキとしながら最高峰のレストランで舌鼓をし、ショッピングに出かけるかもしれない。だがアーチーはここで終わらなかった。

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